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こちらはカードワースのリプレイっぽい書き物置き場です。
旅と日々・2
2015-12-13 Sun 23:32
 「おや、旅の人かい。ようこそ
  堅牢なる水の守り、輝ける麗しの都 ―― へ」
 「今日は10年に1度の祭りよ。楽しんでらっしゃいな、旅の人。
  この町の名前? あらまあ。――を知らないなんて。
  随分遠くから来たのね、旅人さん」
 「――を知らないって?
  おやおや、君たち、一体何処から来たんだい?」
  今日は祭りというだけあって、着飾った人々が大勢歩いている。

 「ねえ」
 「サラ姉ちゃん……どうしたの?」
 「……この町の名前が、何だかよく分からなくて……皆は分かる?」 

  一同は黙りこんだ。同じ事を、思っていたから。
  周囲には飾り立てられた華やかな町並み。
  よくある風景だ。特におかしな事はなかった。

 「………」 

  何かが浮かぶ。どこか奇妙な、違和というべき何か。
  しかし、分からない。
  遠く聞こえる潮騒の音が耳の奥に残るようで、サラは頭を振った。


  ***   ***   ***   ***   *** 
 
  
  町の中心にある神殿へも足を向けてみれば、
 そこは礼拝に来た者達で溢れていた。
  人々の纏う色とりどりの衣が潮風に翻り、彼らの横を通り過ぎていく。
 
 「ここは大いなる海の都 ――ですよ、旅の方たち」

  ここはどこかと駄目元で聞いた質問に、
 柔らかな笑顔の老神官が、そう微笑みかけてきた。
  奥の高台から町全体を見回すと、
 空の青と海の青に挟まれた同じ色合いの青い町が映る。
  どこか幻想的な、とても美しい町だ。
  
 「綺麗ね……綺麗過ぎて、怖いな」 

  ポツリとそう呟くサラだが、風景からは目が離せない。
  目を離した瞬間に消えてしまう……そんな夢の中にいるようで。
  行き交う人も、この光景も、そして、自分達の存在すらも、
 あまりに、現実感がないのだ。  

 「ねえ……やっぱり、おかしくない?」

  仲間達に背を向けたまま、不安げにサラは問いかけた。
  空の光に照らされて青みがかった黒髪が、潮風に揺れている。

 「町の人と話しても、なんだか、話している気がしなくて……。
  ちゃんと話が通じているのかしら?」
 
  その言葉にフィリオンとマリスが顔を見合わせた。
 
 「……」
 「一応、答えは返って来ていますけど……」
 「……そう、だね」  

  確かにそうだ、とサラ自身も思う。
  思うけれど、おかしいとも思うのだ。
  伝えたい事の伝わらないもどかしさに、サラは手を握り締めた。

 「破魔の魔法は使えませんよね? サラさんは」
 「うん。アイテムならあるから使ってもいいけど……」

  多分、無駄だとサラは思う。
  今のこの先の見えない現実感のなさが魔力によるものなら、
 流石にサラでも気付けるのだ。けれど、これは……。

 「……街に戻りましょう」

  最後にもう一度街の風景を一瞥してサラは仲間を促した。
  賑やかな祭りの音楽の中に、潮騒の音が聞こえた。


  ***   ***   ***   ***   *** 


  歩く、歩く、歩く。
  ただまっすぐと、歩き続ける。
  街の中は賑やかだ。
  広場では吟遊詩人が歌い、小道では占い師が未来を示す。
  楽しそうな姿が、冒険者達にはどこか遠い。
  
 「……なんだか……」 

  マリスの呟く声に、一同の足が止まった。
  皆に視線を送られて、マリスは言葉を飲み込む。

 「どうしたの? マリス姉ちゃん」

  ハーロの無邪気さの残る問いかけに、マリスは困ったように笑った。

 「いえ、なんというか、先の見えないような街だと思って……」

  ただまっすぐに歩いているだけなのに、終わりが見えない。
  どこかで見たような人が、場所が、道の先には現れる。
  しかし、華やいだ祭りの最中だ。
  人が歩き回ったり、飾りが似ていたりしてもおかしくはない、が。

 「……そういえば、随分歩いたか」

  フィリオンの言葉に、マリスは頷こうとして首を傾げる。
  どこかあやふやで分からない。

 「……どう、でしょう」
 
  潮騒の音がする。寄せては返し、砂粒を浚う波の音。  
  答えの出せぬまま、冒険者達は歩き出す。
  神殿前を通り過ぎ、水門の前を通り過ぎ、広場の前を通り過ぎ、
 また神殿前を通り過ぎ、水門の前を通り過ぎ、広場の前を通り過ぎ。 
  それをおかしいとも思えぬまま、ただ歩み、歩み続け……。

 「…………」

  道で小さな子が遊んでいるのを、黒髪の娘はぼんやりと見つめた。
  この子を見るのはもう何度目だろう?
  今の彼女には分からない。
  ただ感じる、何かが零れ落ちていく切なさ。
  ……娘は、無性に綺麗なものが見たくなった。
  街という人工物ではない、何かを。   
 
 「皆。寄り道、しよ」

  ここの近くには岬があるのを、既に彼女は知っている。
  そこからなら、海が見られる事も。



************************************



  その海は、相変わらず綺麗だった。
  娘は少しほっとした気分で隣にいた幼馴染を見上げる。
  同じタイミングで視線が絡まったのは偶然だろうか。

 「…………」  
 「…………」
 
  無言のままのやり取りに根負けしたように青年は口を開いた。
 
 「……なあ」
 「……?」
 「俺たち、どれくらいここを歩いてんだ?」

  彼の言葉に、仲間達ははっとした。
  そういえば、もう随分時間が――――立っていた、だろうか?
  ――――何かが零れ落ちていく。

 「……自分で思っていたより、ずっと引き込まれていたみたいですね」
 
  詩人の声音は苦い。    

 「引き込まれたって 何にさ?」
 「………」

  少年の言葉に、詩人は少し悩むように言葉を探す。

 「……いいですか、皆。よく考えて下さい。
  私達は、どこから来ましたか?」
 「どこって、それは」
  
  答えようとして、顔を見合わせる彼ら。
  普段住んでいる街の名前も、ここにくる前にいた街も。
  名前が、思い浮かばない。
  それどころか。

 「確か、冒険の途中でしたよね……?」
 「……何の? 依頼は何です?」
 
  シスターの自信なさげな言葉に、詩人が容赦なく切り込んだ。
  今の今まで気付かなかったけれど、
 白い霧がかかったようにあやふやな脳内のどこかで
 冒険者達の勘は全力で危険を知らせていた。
  
 「……まずいな」

  寡黙な青年が呟く。
    
 「つまり、どういうこと? セアル」

  詩人……いやセアルは少年に己の名前を呼ばれて、
 少し安堵したようだった。  
  
 「……私の名前は、分かるようですね。
  自分のは思い出せますか?」
 「ひでぇ! オレ、そこまで馬鹿じゃないよ!」
 「いえ、冗談ではないんです。多分、それが要です」

  セアルの言葉に、黒髪の娘は一同を見回した。
  さっき食って掛かった男の子はハーロ。
  いつも寡黙な青年はフィリオン。
  その傍らにいるシスターはマリス。
  で……と隣を見上げれば、先ほどと同じように
 視線が絡まってお互いに頷く。

 (大丈夫、リックの事も思い出せる) 

  思い出なんかも今はあやふやだけど、大切な幼馴染だ。
  忘れたりなんかしない。

 (そして私は……)

 「気をつけていてください。多分、ここは……」

  セアルの声に耳を傾けようとそちらを向いた娘は、
 目の端に留まった姿に「あれっ?」と声を上げた。

 「姉ちゃん、どうかしたの?」 
 「いえ、あそこに、ほら」

  先程までは誰かがいたようにも思えなかった場所に、
 見慣れない美しい女性が佇んでいた。

 「……」

  セアルはそれ以上の言葉を飲み込んだ。
  現状では敵か味方かも分からない相手だ。
  こちらが警戒している事を無闇に知らせるのは得策ではない。
  もっとも、彼女の方は冒険者達に気付いてもいないように、
 ただただ水平線の向こうを見つめている。
  その瞳は寂しげで、だから娘は思わず声をかけた。

 「こんにちは」
 「……ごきげんよう、旅のお方」

  目の前の海を溶かし込んだような透き通った青い瞳が、
 初めて冒険者達の方を捉えた。
  しかし、それはただ風景を見たような感情を見せない色で。
   
 「何をなさっているのですか?」

  マリスの質問に、彼女は視線をまた水平線の向こうに送る。

 「海を見ているのです」

  眼下に広がる青色の海は潮騒の音を響かせながらも
 ただ静かにそこにあった。
  ここの海は、マリスのよく知る碧ではなく青の海だ。
  故郷の名前さえ思い出せぬマリスだが、その色彩は心の内にある。

 「きれいね……」

  黒髪の娘は女性の傍らに立ちその視線の先を眺めた。
  やや雲が出ているせいか、どこに太陽があるかもおぼろげだ。
  けれど、それがこの海には妙に似合っている。

 「……あの方の船が帰ってくるのを、待っているのです」  

  そう言って、目の前の海へと女性は寂しげに微笑む。
  その時、空から雫が落ちてきた。


  ***   ***   ***   ***   *** 

    
 「お?」

  ぽつり、ぽつりと降り出した雨に、誰かが声を上げた。
  冒険者としての本能からか、各自荷物袋から外套を引っ張り出し、
 ぽつり、がけぶるような霧雨になるよりも早くそれを身に纏う。
  しかし、自分の外套を取り出した娘は、ふと女性のほうを見た。
  金の髪が雨に濡れても、彼女はただ海を見つめている。
  細い体に纏う衣装も薄く、とても雨に対抗できるとは思えない。

 (仕方ないなぁ)

  娘は袖を引き抜くと自らの外套を女性へと差し出した。

 「はい。どうぞ羽織って」   
 「え……?」

  女性は戸惑ったように、目の前の冒険者を見つめる。

 「……でも旅のお方……あなた様が……」
 「平気平気。私の服、結構厚いから。頭はタオルでもかぶっておくわ」

  自らは黒髪を濡らしながらも、女性の困惑を娘は笑いとばし
 半ば強引に外套を着せてやった。

 「……ありがとうございます」
 「気にしないで。でもどこか、雨宿りした方がいいわ。
  ここは寒すぎるから」
 「……ええ、でも……」

  女性は狂おしい瞳で海の彼方を見つめる。
  その先にあるのは雨を運んできた暗雲に暗さを増す海。
  彼女はそこから視線を外すのが怖かった。
  今この瞬間にも、大事なものを見逃してしまいそうで。
 
 「でも、あの方が帰ってこられるかもしれませんから……」
 「……駄目よ。風邪を引いてしまうわ。
  戻った時に貴方が風邪を引いていたら
  心配するのはその人でしょう?」
 「えっ……」

  そこにある、いや、いるのはもはや風景の一部ではない。
  少女といってもいいような、小柄でどこか幼げな娘は、
 心配を乗せた真摯な眼差しで彼女を見つめている。

 「はい……ありがとうございます、親切なお方」
 
  それでも彼女は動こうとしないから、
 娘も根負けしたようにその横に立っていた。
  
 「……ずっと、船を待っているの?」
 「はい」

  娘は女性の視線を追いかけ、海の向こうへ視線を彷徨わせた。
  何が語られようと、海はただそこにある。
  女性の不安も、嘆きも、寂しさもただその内側に呑み込んで。

 「あの方は、去ってしまわれました。
  白い船に乗って……でも必ず帰ると約束してくださいました。
  ですからわたくしはここで――この岬で、
  あの方のお帰りをお待ちしているのです」

  今は、それだけが彼女の望み。

 「……ここは、一番よく見えますから」
 「……そう。早く会えるといいね」

  言葉に、言葉が返ってくる。一人きりでは味わえない心地よさ。

 「親切な、旅のお方。あなた様の御名を、教えていただけませんか?」
 「? 私の?」
 「はい」

  背景が、騒がしい。
  どうにか仲間を止めようと、何やら騒いでいる。
  しかし、それも遅すぎた。

 「私は【星の道標】の冒険者、サラです。よろしくね」

  周囲の様子に何も気付いていないかのように、
 にこりと、サラは明るい笑みを浮かべる。

 「――サラ様……やさしい、美しい響きの御名前。
  美しいあなた様に、ふさわしい御名ですのね」
 「え……? いや、別に綺麗じゃ」

  否定の声は、しどろもどろに止まる。
  女性はただ優しい眼差しで彼女を見ているだけだった。

 「……褒めて頂いて、ありがとう」

  慌てるのも違う気がして、結局サラは素直に礼を言った。
  サラという呼び名は彼女としても気に入っているから、
 褒められて嫌な気もしない。

 「じゃあ、今度はあなたの名前を聞いてもいい?」
 「わたくしの名は、―――と申します」
 
  その言葉はこの街の名前と同じく彼女の耳には聞き取れなかった。

 「サラ様は、ずっと旅をなさっているのですか?」
 「ん? そうね……。他の人よりは旅をする事が多いかも」
 「まあ……」

  女性は胸に手を当て、ほっと溜息をついた。
  
 「なんて、素晴らしいのでしょう。
  きっと、沢山のものをご覧になっているのでしょうね。
  虹の橋の国や、天空の都……見知らぬ土地と人々……」
 「うーん……そうね。色んな所には行ってるかな。
  それが仕事だし、私の夢でもあるから」
 「勇敢なお方! 世界を巡っていらっしゃるのね」  
 「勇敢という訳では……冒険者は、皆そうだし。
  でも、もっともっと色んな所に行きたいなとは思ってる」
 「……あなたは本当に勇敢な方ですわ」
 
  女性の青色の瞳が、まっすぐとサラを見つめた。

 「……わたくしには、あなた様の光が、まぶしい。
  おやさしい、サラ様」

  どうしてこうも絶賛されるのか分からないサラには、
 ただその目を見つめ返す事しか出来ない。
  きっと、彼女の目に映るサラはかなり間抜けな顔だろうと
 心からの確信を持って言える。

 「あなたは、その光を抱いて、どこへでも、いつだって、
  翔けてゆかれますのね……きっと、どこまでも……」

  それは、どこか羨望のような響きのある言葉。

 「……聞いてくださいませ、サラ様」 
 「? なあに?」
 「わたくしには、見えるのです。あすこに現れる船が。あの水平線に。
  それは、愛しいあの方の、白い、美しい船なのですわ……」 
 「……ええ」
 
  それは聞く者によっては妄想とも言える戯言だ。
  しかし、サラはそれを否定する気にはなれなかった。
  きっとこの人こそ海の向こうへ翔けてゆきたいのだと、
 だからこそ、自由なサラを肯定してくれるのだと、
 そんな風に思えてならない。
  けれど、頷かれるのは珍しかったのだろうか?
  暫く無言だった彼女は、やがてサラへと綺麗に礼をした。

 「――――ありがとう」

  ふいに、雨がやんだ。
  雲が切れ、晴れ間が差しこむ。
  二人は水平線の向こうに、天使の梯子が下りていくのを見た。
  綺麗なものを見る度に、サラは思う。
  きっとこの瞬間を見届ける為に、自分は生まれて来たのだと。
  だとすれば、自分は幸せだ。
  世界はこんなにも綺麗なもので満ちている。
  やがて、女性はサラの外套を脱ぎ雨を軽く払うと、
 綺麗に折り畳んで彼女に差し出した。
  
 「サラ様、お返しします」

  しかし、サラは首を振る。
 
 「……どうぞ、使って。と言えるほどの物じゃなくて申し訳ないけど。
  それでも多少は、雨風のしのぎになると思う。
  あ、でもあまり役には立たないだろうから
  風邪引く前にちゃんとしたのを買いに行ってね」
 「サラ様……ありがとうございます」

  まるではじめての宝物のように、
 旅塵にまみれた外套を彼女は抱きしめた。

 「いえ、あの……それ、ぼろだから、適当でいいからね。
  じゃ、そろそろ私達は」

  帰る、と言う前に、目の前が輝いて揺らぐ。
  その先で、女性はサラの外套を抱きしめ深々と頭を下げた。
 
  
 
************************************



  気がつけば、夜だった。
  月の光が静かに降り注ぐ住居跡のような場所に、
 サラ達は立ち尽くしていた。
  華やかな街は影も形もない。
  祭りを楽しむ人々の声も、遠く響き渡る鐘の音もどこかに消え、
 ただ、夜に鳴く蝉の声と遠景の潮騒の音だけが、冒険者の耳に届く。

 「ここ、どこ?」
 「リブレアの近くだな。あの地形……見覚えがある」
 
  リックが何気なしに答え、全員が互いを見回す。

 「……どうなっている……?」

  フィリオンの疑問を浚うかのように、夜の風が草の上を渡る。
  その涼しさは確かな現実感を伴っていて、馴染みのある空気に、
 冒険者は無意識に引き締めていた緊張もほどけていく。

 「あるべき場所に戻ったって感じですね」 

  セアルの言葉に、皆から安堵の吐息が漏れた。
  冒険者達は思い思いに座り、草の上に足を投げ出した。
  何だか妙に、足がだるいのだ。

 「そうだわ。私達、リブレアで湾岸人足の依頼を受けて」
 「その仕事が終わったから、帰ろうとしていたんですよね」
 
  もう時刻は夕方近くて、だから報酬を受け取ったら
 宿か露店で美味しいものでも食べようね、と。
  異変に巻き込まれたのは、そんな話をしていた矢先だったのだ。

 「親父さん達、今頃どうしてるかな」
 「おじさまはまだ起きてそうね。明日の準備とかで」 
 「でも、月の位置を見る限り、もう遅いみたいですからね。
  アレトゥーザなら、もう就寝している時間です」

  思い出したい事を思い出せる。
  それがこんなにも喜ばしい事だったとは。

 「……随分、危なかったようだな」
 「何も思い出せなかった時は、さすがに焦ったよ」 

  フィリオンの言葉に、ハーロが頷く。

 「何だか妙に、ぼんやりとして……
  何もかも曖昧というか……夢の中にいたみたいでしたね」
 
  マリスの感想に、サラが無言で頷いた。
  街の中にいる時は異常事態への恐ろしさのほうが勝ったが、
 戻ってきた今は、あの美しい街がなんだったかが気になる。

 「あの街は一体なんだったのかしら?」
 「……さぁ、幻か。あるいは本当に夢の中か」  

  サラの問いかけに、セアルは柱に手を着いて答える。 
  
 「幻?」
 「……はっきり言えば私にも分かりませんよ。
  この地域の伝承で幾つか気に掛かるものはありますが
  これが答え、なんて今この場で断言するのは無理です」 

  詩人として、伝承に強い彼ではあるが
 今の段階で確信持って言える事はあまりにも少ない。

 「おそらく……私達は、巻き込まれたのでしょう。
  あれは……非常に強い……――夢か。
  思念の渦――その渦に、巻き込まれた……」

  そう言うと、セアルは何故かサラを見つめ、溜息をついた。

 「あの、私、どうかした?」
 「いや……だって、あなた魔術師ですよね?
  あれだけ普段は名前は大事だってうるさいのに、
  なのになんで、名乗っちゃうんですか」
 「あぁ……マントを貸した時? だって悪い人には見えなかったし」
 「まあ、サラさんならそうですよね……もういいです。はぁ」
 「えっ!? なんで!」

  これ見よがしなセアルの溜息に、サラはまともに動揺する。

 「なに、どういうことさ? オレにも分かるように説明してよ」
 「……あんな時に名乗るなんて、危険すぎるという話です。
  しかも、よりによって渦の中心に……」
 「渦の中心? って、彼女が?」
 「おそらく」
 「そんな……まさか、だって」
 
  青い瞳の佳人の事を、サラは思い出す。
  大切な人を待ち続ける寂しそうな人だった。

 「勿論私達も全ての人に話しかけた訳ではないですけど、
  あんなにも会いたい、なんて執着を見せたのは彼女だけでしたよ」
 「じゃあ、外套を渡したのももしかして良くなかった……?」
 「……良いか悪いかと言われれば、良くはないですね。
  縁が出来た事で、何かが起こるかもしれません」
 
  どこか不機嫌そうに、セアルは断言する。

 「えっ? じゃ、なんで止めなかったんだ?」
 「………さぁ、なんででしょうね」

  彼は不機嫌な顔を崩さないまま、荷物を纏め始めた。
  そろそろ休憩の時間は終わりらしい。

 「あの、何をそんなに怒っているんですか?」
 「別に……本当に、誰にも怒ってはいないです。
  さ、とっととリブレアに戻りますよ」

  セアルが怒っているとすれば、それは自分にだ。
  帰らぬ人を待つ姿にいつかの自分を重ねた、などという理由で、
 外套を渡すのを止めるタイミングを見誤った。
  大丈夫だとは思うが、それが将来に禍根を残す可能性もある。

 「どの位で帰り着くだろう。オレ、腹減ったよ……」
 「馬車じゃないから、到着時間までは分かりませんね」
 
  皆が立ち上がり、移動の支度を始める。
  サラは杖を手に立ち上がると、住居跡を見回した。
  ここがあの街の跡とは限らないが……。
  きっとここでも、誰かが日々を過ごしたのだろう。
  今はいない、誰かが。
  
 「サラ、さっさと来ないと置いていくぞ」
 「あ、待って!」

  幼馴染に呼ばれて足早に去っていく少女の姿を、
 月と星々は、静かに天で見守っていた。

  

************************************


  マリスの日記

 6月8日 晴れ

  ……未だに日付を見て驚いてしまいます。
  私達の感覚ではせいぜい一日だったのに、
 既に一週間も立っていたんですもの。
  私達が依頼を出していた交易所に行くと、
 依頼人さん達もびっくり。  
  ただ、私達が迷い込んだ不思議な町の事を説明すると、
 彼らはすぐに頷いてくれました。

 「ああ!そりゃあ、『ブラの魔女』だ。
  あんたたち、よくぞまあ無事だったもんだ」と。 
 
  何でも、昔リブレアの近くにあったブラと言う町にいた魔女は、
 今も黄昏時の水辺にいて、近くを通った人間を引きずり込むらしいです。
  まれに私達のように帰ってくる人もいますが、
 殆どの人は魔女の国である今は滅びし忘却の都の一員になるのだと。
  傲慢と堕落が為に天罰を受けた虚栄と傲慢の都『エルー=ブラー』。
  正直、私達が過ごしたあの幻のように美しい都市が、
 そんな事になるとは思えないのですが……。

  セアルさんによると都は海に沈んだ伝説の方が有名らしいです。
  海の底にある都で魔女に惑わされた者は、皆その都の民になる。
  私達に起こった事を考えれば、こちらの方がしっくりきます。
  でも……どうもすっきりしないんですよねぇ。
  あの女性がそんな酷い人とは私にも思えなくて。
  大体、本当にそうなら、親切にしたサラさんを
 自分の手元におきたくなるものではないでしょうか?
  私には、むしろただ共感してくれる誰かを探していたような……
 そんな風に思えてならないのです。

  そう言えば、最近セアルさんが岬に佇む女性の物語を、
 詩として作ろうと頑張っているようです。
  いつか、私達の遭遇したあの寂しげな女性が、
 魔女ではないと、皆が分かってくれればいいなと思います。

  さて、明日は魔法都市ダリスへの馬車を探す予定です。
  依頼も兼ねて、ですけどサラさんがわくわくしてますね。
  私もどんな町なのか今から楽しみです。


************************************

何かかけちゃったので見切り発車で更新中。
ただいま、もう一話書こうか悩んでおります。
あとがきは後日でお許しください。

12月18日、もう一話旅と日々でがんばります。
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