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こちらはカードワースのリプレイっぽい書き物置き場です。
旅と日々・3
2015-12-24 Thu 23:21
  ダリス魔術院とは、リューン近隣にて魔法都市と名高い
 ダリスの中心として知られる賢者の塔系列の組織だ。
  普段はワース大辞典の出版や風変わりな研究で知られるが、
 二月ほど前の梅雨の時期、とある冒険者達による大発見が
 彼らの目の色を変えさせた。
  その結果、現在のダリス魔術院はこの夏の猛暑以上の熱気で
 あるプロジェクトに取り組んでいる。  
  そんな中、立役者である冒険者達が二ヶ月ぶりに姿を現したのを
 普段は魔術院の院生である受付の娘はにこにこして迎えた。
  なにせ、ダリスを揺るがすと言っていいほどの大発見を
 この町で最初に知らされたのは彼女なのだから。

 「【星の道標】の方々! ようこそ、ダリス魔術院へ。
  良かった。いらして下さるのを心待ちにしていたんですよ!」
 「というと、結果が出たんですか?」
 
  彼は詩人だったか、余韻が微かに残る響きのいい声での問いかけに
 彼女は話が早いのは助かると笑顔で頷いた。 
 
 「ええ。少し前に、無事に第一次調査が終わりまして、
  あれはやはり“魔術師の箱庭”に間違いないと判明しました」

 「そうか……」
 「まぁ、おめでとうございます!」

  背の高い青年はその表情を変えずにただ頷き、
 青い髪の娘が身に纏った法衣を揺らしながら賞賛の声をあげる。

 「礼を言うのはこちらの方ですよ。本当にありがとうございます!
  最近は、幻の箱庭を見たい人で院中大騒ぎで!
  かくいう私もですが……調査隊の抽選にはもれちゃいましたけど」
 
  受付の娘が興奮交じりで近況を話すのを、
 どこか落ち着いた様子で聞く【星の道標】の冒険者達。

 「にしても、あれから二ヶ月か。あっという間だよね」  

  まだ青年というには顔立ちに幼さの残る少年が、
 大剣を揺らしながら溜息をつく。
  その言葉に、リーダーだという魔術師の少女は、
 傍らの青年と顔を合わせると互いに苦笑を浮かべた。

 「本当に、ねぇ……まだ、なのか。もう、なのか」  

  彼らの目に映るのは、きっとあの日の梅雨の風景。
  冒険者でない貧弱な娘では到達できないかの箱庭の風景なのだろう。
  あの、ダリスの現状を変えた6月12日。
  案内の為に付き添った娘が、遺跡の入り口で彼らの帰りを待つ間、
 かの浮島で何があったのか。

  ――時間はとある雨の日へと遡る。  



************************************

  

  6月12日、連日のように降り続く雨の中を、依頼の為に
 航海都市リブレアから魔法都市ダリスへと移動したサラ達は、
 宿に張ってあったダリス魔術院からの依頼を受けた。
  とある場所から花を一本だけ取ってくる、というだけの依頼だが、
 魔術院が欲しがるものが勿論ただの花である筈がない。
  シレイヌの花と呼ばれるそれはガジャル科の魔法植物である。
 
 「サラさん、それって前に見つけたフィロンラの花と同じでは?」
 「そうね。勿論見た目は青い花らしいし薬効とかは違うけど、
  古代の魔術師の手で作られたって意味じゃ同じの筈よ」

  普段は遺跡などで稀に見つかるだけのその花が、
 このダリスではある程度安定供給されているらしい。
  しかも、その生息地と道中には特にモンスターなども出ず、
 多少体力を使う道中以外に困難が特にないという事、
 そして何より咲いている場所が、普段は入れない遺跡の奥の浮島だ。

 「空に浮いてる島ってどんななんだろうね♪」

  珍しい光景が大好きなサラがそれを喜ばぬ筈もなく、
 通りすがりで受けるには、美味しい依頼であるように思われた。
  しかし。
 
 「うわぁ……ここが……え? あの、浮島?」

  弾んでいたサラの声がだんだんと尻すぼみになる。
  目の前の光景は、悪い意味で予測を超えていたのだ。
    
 「ただの荒野じゃないか、これ」

  盗賊としての眼をあちこちに向けたリックがつまらなそうに呟いた。
  朽ち逝く木々だけが佇む、時が止まったかのようなこの場所は、
 ダリス魔術院が管理する古代の魔術師による魔法結界の内側だ。
  かつては庭園だったらしいが今は荒れている、とは聞いていたが
 こうまで酷い場所だとは、誰一人として想像もできなかった。  
 
 「せっかく、痛いの我慢してここまで来たのになぁ」 

  残念そうに呟きつつ、ハーロは道中配られた食事の最後の一口を齧る。
  彼の言う通り、ここへの転移陣に行き着く為の道中は酷かった。
  何せ、少し進むたびに周囲の魔力が襲ってくるのである。
  それをサラの【魔法の鎧】で防ぎ、セアルの歌やマリスの癒し、
 時にはリックに軽食を配ってもらっての休憩なども挟んで
 どうにか乗り越えて来たのだ。
  幸い、魔力は襲ってくる他にこちらの疲労を癒す効果もあるらしく、
 小まめに回復の秘蹟を使っても疲れがないのは助かったが、

 『生命力を抜かれて代わりに魔力を注がれるみたい……これは辛いね』

 と、体力の少ないサラは短い距離でも青息吐息だった。
  既に冒険者としてはそれなりになっている彼女ですらそうなのだ。
  だからこそ、ダリス魔術院の魔術師達も自分達では行かず
 冒険者を使うのだ、と嫌というほど思い知る。 
  しかもその先にこの光景だ。
  まだ見ぬ浮島の風景にテンションをあげていたサラは、
 かなりがっかりとした様子で、すっかり肩を落としていた。
   
 「しかし……ここにその花とやらは咲いているのだろう?」
 「確か青い花でしたよね」
 「ええ。目標は魔法技術で生み出される魔花ですからね。
  あるいはこういう場所でしか育たないのかもしれません」
 
  雑草一本生えていない島には命の息吹など感じられない。
  それでもどこかに花があるかも、と彼らは島をあてもなく彷徨う。
  しかし……意外と狭いこの空間に、それらしい姿はない。

 「目立つ花、らしいのにねえ」

  サラは浮島の端の方に咲いてはないかなぁ、と
 やや外周に一歩踏み出してみたが、その足元が僅かに揺らぐ。

 「すぐ壊れるとは思わないけど……もろい感じがするわね」 
 「単にお前太ったんじゃねえの?」
 「もう! そんな事ないから!」

  幼馴染達のもう慣れ親しんだ掛け合いの中、
 セアルはふと、一人遅れている少年に視線を送る。
 
 「ハーロ? どうかしましたか?」

  来た道を振り返っている少年は、妙に警戒した表情を浮かべていた。
  セアルもそちらを見てみるが、特に異常はないように思える。
 
 「あれ? いや、今の……気のせいかな?」
  
  そのまま、どこか釈然としない表情で彼は他の仲間を追いかけた。


  ***   ***   ***   ***   *** 


 「一周しちゃいましたけど、ないですね……」

  マリスが、困ったように呟く。
  ……浮島への入り口である魔法陣に戻ったサラ達は、
 ただただ途方にくれていた。
  この浮島にある筈の青い花は見つからず。
  荒野ばかりの風一つない空間を、冒険者達の溜息が揺らす。
    
 「もういっそ、ここで帰ってしまいますか?」
 「でもそれじゃ依頼失敗になっちゃうよ」
 「うーん、でも何でないのかしら? 依頼人はあるっていってたのに。
  それともどこかで咲いてたのを私達が見落とした?」
 「いや……俺はわりと自信もってなかったって言えるぞ。花なんて。
  依頼主だって目立つ花だっていってただろ」 
 
  顔を見合わせて悩むサラ達だが、時はただただ過ぎてゆく。
  仲間達の様子を黙って見守っていたフィリオンは、
 言葉の途切れたタイミングを見計らい一同に問いかけた。

 「……結果的には、探すか戻るか、だが。どうする?」 
 「んー……もう一周位はしておきましょう。
  それで何かが見つかるとも思えないけど……」
 
  言葉を濁しながらも調査の続行を決めるサラ。
  リーダーの諦めの悪さに溜息をついたセアルだったが、
 ふとハーロの方へと視線を向けた。

 「そう言えば、ハーロ。さっき気にかけてたのはなんなんです?」
 「さっき? 何を?」
 「さっき立ち止まって振り返ってたじゃないですか?
  気のせいだとかなんとかいって」 
 「え、ええ……えっと??」

  真面目に覚えていなかったハーロは百面相をはじめる。
  他の仲間達は何となく無言でその様子を眺めた。
  余計な事を言えば、違う方向に思考が進みそうだからだ。
  それでも、彼が「あっ!」と呟くまでやや時間が掛かった。

 「あれは……何というか、あそこを通った時に、なんか、こう
  突然、バッ!となって、ワッと!……分かるかな、この感じ?」
 「分かるかよ!」
 「やっぱり?」
  
  リックのツッコミにハーロは頭を掻いた。
  自分でも、どう言えば伝わるかなんて分かっちゃいないのだ。

 「まあ、そう言ってますけど、どうします? サラさん。
  ハーロの野生の勘は、たまぁーに頼りになりますが」
 「そうね……何かあるかもしれないなら行くだけ行ってみましょ!
  どうせ手がかりなんてないし、溺れる者は藁をも掴むって言うしね」
 「ま、随分と頼りない藁ですけどねぇ……」

  やれやれ、とセアルは笑う。
  自分から気にかけておいてなんだが、本当に頼りない。

 「オレ、ワラ? まあ、いいか。こっちだよ!」

  諺など知らないハーロは、首を傾げながら仲間達を案内した。
  と言っても、小さな島だ。
  探し物などしなければ、あっさりと到着する。

 「ここらへん、の筈」

  ハーロが自信なさげに示すその場所は、
 他の者の目には、やはりただの荒野にしか見えない。
 
 「んー、周りと別に何の変わりもないな……」
 「魔力の流れ……もやっぱりなし。
  まあ、浮島全体こんな調子だから、参考には出来ないわね。
  今は、何か感じる?」
 「いや、別に……ないかな……」
 「そっか」  

  軽い言葉で頷きながら、サラはあれっと内心で呟いた。

 (……なんか変だよね?)

  この島では魔力の流れが見えないというそれ自体が、
 サラに不思議な違和感を与えている。
  ここは紛れもなく古代の遺産で、中空に浮かんでいる筈なのに、
 どうしてその力の流れが見えないのか。

 (隠す必要性がある? でも、何の為に?)

  サラがぼんやりと考え事をしている間にも、
 各自のチェックは進んでいくが、やはりここには何もなかった。
   
 「ごめん、やっぱただの気のせいだったかも……」
 「そんなに凹まなくても平気ですよ。
  きっと、簡単には見つからないだけですから」

  マリスが励ましの意味を込めてハーロの背を軽く叩いた。

 「ま、ハーロの妙な野生の勘は馬鹿には出来ませんからね」  
 「よし、もう一度この辺りを中心に探してみましょう」  
 「突破口になればいいけどな」
 「ま、もともとが駄目元だもの。これで駄目なら、皆であやま」
 「――――――来るっ!!」

  サラの言葉を遮るようにハーロが叫ぶ。
  咄嗟に全員が武器を構え、周囲に油断なく視線を飛ばした。

  何も見えない。
  何も聞こえない。
  何の気配も、しない。
  サラ達には、何も分からない。
  しかし。

 「ハーロ君?」
 「……」

  マリスが声をかけても、一瞥すらしないハーロは、
 何かを捉えているかのように前方を見据え、警戒を崩さない。

 「―――――」

  不意に……サラの長い髪が揺れた。
  いや、サラの、だけではない。
  髪以外にも各自が身に着けているマントや外套、スカートの端が
 ぱたぱたと音を立て始める。

 「…………風?」
 
  リックの呟く通り、空気の流れがそこに生まれていた。
  それまで、この浮島には風など吹いていなかった筈なのに。
  風は止まらない。
  まるで窓か何かが開いたかのように、吹き付けてくる。

 「―――――そこだッ!!」

  その時、ハーロが動いた。
  強くなりつつあった風をものともしない足取りで、
 むしろその源へと一足飛びに駆け寄ると、
 重い筈の大剣を軽々とふるって何もない空間へと叩きつける!!

  そして、破砕音と共に、閃光がその場を満たした。
  

 「皆、大丈夫?」

  少しして、サラ達は周囲を警戒しながら起き上がった。

 「オレは大丈夫だよ。でも、こんな事になるなんて……」
 「本当に……なんだったんです? 今の光は」

  まだ目の方はチカチカするが、失明する程のものでもない。
  とにかく互いの姿を確認し、小さな安堵に息を吐く。

 「おい! 皆あそこ!」

  リックが、風が吹いていた方を指差した。
  そこには先程までなかったものが、忽然と姿を現していた。

 「扉……?」

  そう、それは古代の言葉で縁取りされた、淡く輝く扉だった。
  その周囲にはキラキラ光るものがばら撒かれている。
  セアルが身を屈めてそれを拾い上げると、
 彼の手の中で透明な破片がちりちりと光った。
  マリスが横からセアルの手を覗き込む。

 「あら、綺麗ですね」 
 「多分ハーロの攻撃でこれを割ったんでしょうね。
  その結果、あの扉が出てきたって流れだと思います」
 「え?! あ、じゃあオレ、壊しちゃいけないもの壊したって
  怒られたりはするかな? もう……今更だけど」
 「……かもしれないが、道が出来た」
 「そうですよ! それにその時は一緒に怒られてあげますから」
  
  少ししょげた様子を見せたハーロにマリスは笑顔を向ける。
  セアルは手の中の破片を袋に仕舞い込みながら、
 扉の方へと視線を移した。

 「まあ、これが魔法的産物なら何かの資料にはなるでしょう。
  お二人さん、そっちはどうですか?」
 「俺にわかる罠や鍵はなし。多分だけどな」
 「魔法の鍵や封印、魔力の流れに関してもやっぱりなし。
  ……これっておかしいわよね、どう見たって魔法の品なのに。
  その魔力すら遮断するなんて、完璧な隠蔽魔術をなんで?」
 「俺が知るかよ」

  リックの返答に、サラは答えない。
  思考の中に、もしかしたらと浮かび上がる単語があるのだ。
  胸の奥で高鳴る鼓動に、彼女は居ても立ってもいられなくなる。
  
 「ここは結界の中、そこに隠された空間?
  だとしたらこの先はまさか……」

  ただぶつぶつと呟きながら、迷わず扉へと足を進める。

 「ちょっと、先に見てくるね!」
 「って、おい!」

  それは咄嗟にリックが肩を掴むよりも素早い動き。
  好奇心に捕らわれた少女は弾んだ声と共に扉の光に飛び込んだ。

 「ああもう世話が焼ける!」

  続いて、その幼馴染が。
  後に残された四人は、とりあえず顔を見合わせた。

 「……行っちゃいましたね」
 「行っちゃった、じゃないよ! 追いかけないと」
 「しかし、この先に何があるか……」
 
  この扉の存在は依頼人から聞いていないのだ。
  万が一の事態にもなりかねないと、
 事の大きさに、セアルはやや躊躇いを見せる。
  だが、フィリオンは既にそちらへと足を向けていた。

 「……行くぞ」
 「あ、フィリオン様、待ってください!」  
 「姉ちゃん待って! オレのが先がいい!」
 
  次々に光に飛び込んでいく仲間達に、セアルはやや頭痛を覚えた。
  確かにこれ以上調査するには飛び込んでみるしかない。
  ないのだが……警戒している自分が馬鹿な気がしてくる。

 「遊びに来たんじゃないんですけど……やれやれ」

  そしてセアルもまた光の扉を潜った。



************************************



  幼馴染の後を追って光の扉を潜った青年が最初に感じたものは、
 そよそよと吹く穏やかなそよ風だった。
  その春先のような気温に目を見張るのも刹那の事。

 (あいつ、どこだ?)

  リックもすぐに飛び込んだ筈なのに付近にサラの姿はない。
  それに小さな苛立ちを感じながら、彼は鋭い目で周囲を確認する。
 空は梅雨のこの時期にはあまり見られない晴れた日の青い色。
 足元には小さな花々が、慎ましく咲き誇っている。
 そして、少し離れた場所にはこじんまりとした家が一軒。

 (多分危険はなさそうだけど……)

  と、狼のジャックが彼のマントを引っ張る。 
 促され、振り向いた先にサラは居た。
  斜め後ろだったのと、ただでさえ小さいのに座り込んでいたから
 彼の目に留まらなかっただけで。  
  駆け寄ったジャックがじゃれるようにその膝に足を乗せると、
 彼女は視線を外さぬまま、ぬいぐるみのようにジャックを抱きしめる。

 「リック。見て見て、こっち」

  幼馴染は振り向きもせず、ただ声だけで彼を招く。
  彼女の見つめる先、崖の向こうには何もない。
  しかし、その下には先ほどまでいた浮島らしき荒野の姿。
  それで、ここの存在する場所も大体分かる。

 「凄いよね、浮いてるよ」

  ここの話を聞いた時に、彼女が語っていた空想通りの光景。
  それを目の当たりにしたからか、夢見るようにサラは呟いた。
  まあ、珍しい風景を見ると彼女が夢中になるのはいつもの事だ。
  リック自身もこの光景は凄いし興味深いと思う。
  が……それはおいといて彼はとりあえず拳骨を落とした。

 「いたっ! 何で」
 「お前、一人で暴走しといて文句言えるか?
  万が一モンスターが隠れてたらどうしてたんだよ」
 「あ」

  今更のように気付いて目を見開くサラ。

 「『あ』じゃねえだろうが、ったくよぉ」
 「その……心配かけちゃったね。ごめんなさい」
 「心配? 別に? 単に面倒なだけだよ。
  お前に何かあるとシエンスさんに俺が殴られるだろ」

  仲間達の気配にリックはそちらに向かってしまい、
 後にはサラとジャックが残された。

 「……またやっちゃった」

  リーダーとしても魔術師としても冷静さは大切だ。
  しかし、感情的なサラにはそれはなかなか難しい議案でもある。

 「ごめんねジャック。もうちょっとだけ我慢してね」

  今の状態でも景色の方を見ればおそらく虜になってしまうから、
 サラはそっと視線を逸らす。
  そして、仲間達の驚きが落ち着くまでの間、
 ジャックの少し硬い毛並みを撫でていたのであった。


  ***   ***   ***   ***   *** 


  その後の島の調査は、比較的あっさりと終わった。
  下の浮島よりもなお小さなこの島には、
 景色と小さな家以外、見るものもなかったのだ。
  となれば、残るは家の中の調査である。
  ここに来る為の道が封印されているからか、
 素朴な扉には罠どころか鍵一つなく、あっさりと開いた。
  中は、机に本棚、他には多少の家具を残すだけの部屋で
 六人も入るとやや窮屈だ。
  家の大きさに比べてこの部屋は狭すぎる気もするが、
 奥にある扉の先に、より広いスペースがあるのだろう。
  
 「机には何もなし……本棚……いつからあるんだろうな?
  古い本とかって風化するんじゃないか?」
 「それを言ったら、この家がどうして残っているかも不思議ですよ」
 「この島って、風に魔力を乗せて全体を維持してるみたいなの。
  ほら、あの窓、開いてるでしょ?
  あそこから入る風がこの部屋の中身を当時のままに保ってる。
  ……まあ、当たり前に出来る芸当じゃないのは確かね。
  ここが通常の空間ならとっくに砂埃だらけになってるわ」

  その言葉にフィリオンがサラでは届かない本棚の上をなぞった。
  見せてくれた指先には埃一つついていない。 
  それにしても、こうしてかつての遺産に触れる度に
 古代の魔術師の能力の計り知れなさを再確認するサラだが、
 そんな彼らが何故現代に生きていないのか、不思議でならない。

 (結局、時間の流れにはどんな魔術も勝てないって事?
  それとも、ここみたいな場所に隠れているのかしら……?) 

  そんな事を考えながら、本棚の本を一冊取り出してみる。
  そして、ペラペラとめくって、戻した。

 「無理!」
 「サラ姉ちゃんでもダメなんだ?」
 「うん。難しすぎて私じゃ辞書があっても数日掛かるわ。
  流石に全部にスクロールを使う訳にもいかないし……」
 「それは残念ですね。この遺跡についての
  何かの参考になるかもしれないって思うのですが」
 「うーん……」

  父から貰った【解読】のスクロールも、残り3枚となっている。
  出来れば自分でも扱えるようになりたい所だが、
 なかなかそれも難しい現状を考えると、
 得がたいアイテムなだけに、大切にしたい。

 「ちょっと待てよ。手がかりになりそうなの見つけたから」

  リックが本棚の本の一冊を押し込むと、
 それは棚の奥にある筈の板が消えてしまったかのように、
 どこまでもどこまでも下がっていく。
  やがて、カチリという音が響くと共に、
 本棚の飾りにしか見えなかった辺りから一冊の本が落ちてきた。

 「じゃ、後はよろしく。持ち出せないみたいだから読んでくれ」
 「はいはい、任されました。それにしても残念ね。
  持って帰れたら魔術院の人達、大喜びでしょうけど……」

  しかし、出来ないのなら仕方ない。
  サラは気持ちを切り替えて、解読のスクロールを使う。 
  
 「じゃ、読むわよ」 
   
 《ローレン、愛する花――》 

  本は、そんな言葉で始まる。
  どうやらこれはこの家の主の残した日記のようだった。
  どうやら主は愛する人を失ってからここに引きこもって
 相手が好きだったローレンと言う花を増やしていたらしく、
 花の世話に苦慮し、花が増えた事を喜び、と
 最期まで愛する人と花の事しか書かれていない。 
  読める部分をサラが読み終えると、
 不意にマリスから大きな溜息が毀れた。

 「何でしょう、何だか凄く罪悪感が……
  人のプライバシーに土足で入り込んだ気分です」
 「いや、冒険者なら今更でしょう。そんなの」
 「分かってるんですけど……」
 「マリスは最近自分でも日記書いてるから、
  余計に気になるんじゃない?」
 「かもしれません。私だったら読まれたくないです」

 (特に、あの人には)

  胸の内の呟きを心の奥に仕舞い込んで、
 マリスはかの人の方を盗み見た。
  その特に気にしてもいなそうな姿に、心のどこかが沈む。

 (身勝手ですよね……自分でも訳分かりません)

  気にかけて欲しいのか、隠しておきたいのか。
  もう何度目になるかも分からない葛藤の中、
 自分の本音はどこにあるのか、とマリスは気持ちを持て余す。
  そこに、リックの声が届いた。
   
 「お。噂の花発見」

  日記の終盤から興味なさげに奥の扉を調べていたリックが
 いつの間にかそれを開いて中を覗き込んでいる。 
  そこには壁に囲まれた中庭があった。

 「わぁ……何だか夢でも見てるみたいね」

  ここにも結界が張られているのだろうか?
  様々な色合いに染められたパステルカラーの光の中、
 青い百合に似た花が庭を埋め尽くすほど咲き乱れている。
  風に揺れるその群れは、まるで細波のようにも見えた。
  
 「これがローレンの花……」

  先ほど景色に見とれてしまったのに罪悪感を感じているから、
 陶酔してはいけないと思うのに、サラの唇は自然と綻ぶ。

 (きっとここの主さんは相当のロマンチストだわ)

  温度調整など管理の都合もあろうが、好きな人の好きな花を
 こうも美しく見えるように彩ってしまうのだから。
  サラの脳裏に浮かぶのは、先ほどの日記の、最後の一節。

 《愛しき花、青き花よ。私が土に還っても、咲いておくれ
   いつまでも、ここに。我が愛する、この箱庭に》



************************************



  その後、サラ達はローレン、現代ではシレイヌと呼ばれる魔花を
 言われた通り一つだけ抜き取ってダリスへと戻ったのだが、
 冒険者達の報告を聞いた魔術院は大騒ぎになった。 
  結界の中に更に別の結界を……世界を、作り上げる。
  それは古代への畏敬の念を込めて“魔術師の箱庭”と呼ばれる
 既に失われた古代の魔法技術の結晶だ。
  伝説の中で歌われるそれが、手の届く場所に見つかったのである。

 「ちょっと待って。じゃあ、もしかして、オレ達大発見?」
 「もしかしなくても大発見、というかこの世紀の、大発見です!
  もし本物だと確認されたら、間違いなく歴史に名前が残りますよ!!」
 「うわぁ! すげー!!」
  
  無邪気に喜ぶハーロの後ろで、セアルは一つ咳払いをする。

 「……水を差すようで申し訳ないですが…
  “ダリスの”より正確には“ダリス魔術院の”ですからね」
 「ええ! 間違いなく貴方達の名前は
  我がダリス魔術院の輝かしい歴史に刻まれるでしょう!」
 「……そうなんだ……急に話が縮んじゃった……」
 「いえ、本当に大発見ですから!
  今すぐには無理ですけど、何とか上と掛け合って
  後日、庭に関する調査の分もお支払いしますね!
  そうですね……一月ほどお待ち願えますか?」


  ***   ***   ***   ***   *** 


  そうして、サラ達にも色々あって二ヶ月近くになってようやく
 今回の結果を聞きに来る事が出来たのだ。

 「では、こちらが追加報酬になります。お納めください」
 「はい。確かに頂きました」

  奇しくもお互い青い髪をしたマリスと院生は、
 にこやかに笑みを返しながら封書をやり取りする。
  軽く額を確かめたマリスの笑みが深くなった事から、
 その額はそれなりに大きなものだったのだろう。

 「それでですね。今後もダリスの宿に採取依頼は張り出されます。
  で、今後は魔花の生育調査の為、土や水の採取も必要なのですが
  その時はお願いできるでしょうか?」
 「ええ、分かりました。
  都合よくダリスにいればですけど、出来る限りは」

  往復の道中こそ大変だが、その先でまたあの光景に出会えるのなら、
 サラとしてはむしろ願ったり叶ったりである。

 「ありがとうございます!」

  その言葉に深く頭を下げた院生の娘は、
 やがて向き直ると、その視線を遺跡のある方角へと彷徨わせた。

 「まさか、本物の“魔術師の箱庭”が研究できるなんて、
  思いもしなかった……。
  これできっと、魔花の研究も進むと思います。
  そしていつか、魔花が栽培できるようになったら……」

  もしそんな事が出来れば、きっとそれは世界を変える事だろう。
  その優れた薬効でこの世から失われる病もあるかもしれない。
  しかし、いつか、と言うは容易いが、実際は夢のような話だ。
  古代から現代に隔てられた技術と言う壁はあまりにも厚い。
  けれど……目指す場所は違っても、同じ魔術師として
 サラにはそれを夢物語と笑う事は出来なかった。

 「……きっと、できるわ」
 「……え?」

  不意のサラの言葉に、院生は彼女へと向き直る。
 
 「心からそうなると思った事は、必ずその通りになる。必ず、ね」
 「お前の場合はそれで死に掛けたけどな」
 「それは結果論!」

  仲のよさげな二人の会話を唖然と……やがてくすくす笑いながら
 聞いていた娘は、不意にぽんと手を叩くとメモを取り出した。

 「そうだ。来年度のワース大辞典を編纂するに当たって、
  皆様のお名前を辞典に載せたいのですが、
  宿屋【星の道標】のサラ一行、で構わないでしょうか?」 
 「いえ、その……」

  先ほどまでの勢いはどこへやら、サラは少し恥ずかしそうに、
 指先をもてあそびながら、その名を名乗る。

 「先日、宿屋【星の道標】の『The Star』となりました。
  その……今後ともよろしくお願いします」

  まあ、ここの所色々ありまして……と
 サラは少し困ったような曖昧な笑みを浮かべたのだった。



************************************ 

シナリオ名 :旅と日々
製作者 :ありじごく様
入手場所 :ありじごくの会心の一撃

依頼料:いっぱい。(すいません、うっかりで残し損ねて開き直りました)
出費:いっぱい。
入手アイテム:バラの花3本、コカの葉1個、角砂糖1個、果物3個、野菜1個
葡萄酒4本、香草酒1本、ワイン1本、清酒2本、ザールワイン1本
特性ジャム、サンドイッチ、箱庭の欠片
合計所持金:11567G
入手スキル:夢現→サラ
入手クーポン:『忘却の都』+1『魔術師の箱庭』+1 
市場の助っ人、臨時自警団員、農業の心得→全員
マントはあなたに→サラ

メリークリスマス!
無理かなーと思いましたが、どうにか間に合いました。
今回はありじごくさんの旅と日々を書かせていただきました。
このシナリオは色んな町で依頼が起きたり思わぬところでキャラが喋ったりと、
面白い所盛り沢山って感じのシナリオですね。
個人的には旅して回っての各地での綺麗な景色が好きです。
遺跡の中でのホログラフィ?も素敵。あれも見せたかったなぁ…。
魔術師の箱庭はそういうのにきゃーきゃーするサラさんを書きたくてやったといえます。
(なお、テストプレーのつもりで始めたコピー宿のサラさん達は
 既に4年目に突入したのをご報告します)
なお、今回、3話目でやたらと二ヶ月後を強調しておりますが、
次の話はその間の事になると思います。
一応流れは出来ているので、あとは覚悟完了するだけ!
それでは皆様、良いお年をお過ごしください。

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